企業が進むべき方向に迷ったとき、頼りになるのは数字やデータだけではありません。
むしろ、指針となるのは「創業者や歴代経営者の想い」や「理念」といった、企業の根幹にある精神的な軸であることも少なくありません。
社史の目的のひとつは、こうした想いや理念を記録し、未来の経営判断の拠りどころとすることにあります。
単なる過去の記録ではなく、これからの企業活動に生きる「資産」として、社史が果たす役割は決して小さくありません。
豊田佐吉の精神はいまも息づく——豊田自動織機の例
現在、TOB(株式公開買付)のニュースでも注目されている豊田自動織機は、創業者・豊田佐吉の想いを受け継ぐ象徴的な企業です。
豊田佐吉は、明治時代に日本初の動力織機を発明し、自らの名を冠した会社を設立。その後、自動車製造を志し、昭和8(1933)年に自動車部門を発足。これがのちのトヨタ自動車の母体となりました。
創業からおよそ1世紀が経った今も、豊田自動織機では、豊田佐吉の理念をもとにした「豊田綱領」を社是として掲げています。
一、上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を拳ぐべし
一、研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし
一、華美を戒め、質実剛健たるべし
一、温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし
一、神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし
出典:豊田自動織機ホームページ
これほど長く、深く経営に影響を与え続けている創業者の思想は、企業にとってかけがえのない「原点」と言えるでしょう。
社史は「経営の哲学書」になりうる
経営とは、「正解のない問いに、最善の答えを出し続けること」とも言われます。
その判断のよりどころとなるのが、企業の成り立ちや、過去に何を大切にしてきたかという“軸”です。
社史には、創業の背景や経営者の苦悩と決断、事業に込めた思いなどが丁寧に記録されます。
こうした記録があるからこそ、企業は過去を振り返り、未来に向けた意志決定の根拠とすることができるのです。
つまり社史とは、企業の「過去をまとめた記録」であると同時に、「未来を支える哲学書」ともいえます。
社史とは、企業理念を“言語化”する営みでもある
社史制作の現場では、創業の経緯や事業展開の節目を辿るだけでなく、「なぜその判断をしたのか」「そこに込められた想いは何だったのか」といった、企業の“内面”を掘り下げる作業が伴います。
この過程で、これまで言葉になっていなかった経営者の価値観や企業文化が、初めて文章として明文化されることも少なくありません。
つまり、社史とは、企業の理念や精神を“言語化”する営みでもあるのです。
この“言語化”がなされることで、社員にとっては共通の価値観を持つ指針となり、対外的には企業の信頼やブランドの一部となります。
採用活動や広報の文脈においても、創業者の想いや企業理念が明文化されていることは、強力なメッセージとして機能します。
社史をつくること自体が、企業の“内省と再発見”の機会となり、それがこれからの経営や組織づくりに生きてくる。その意味でも、社史は過去の記録にとどまらず、未来をつくるための道標なのです。
まとめ
社史をつくることは、過去の出来事を並べることではありません。
創業者や歴代経営者の想いを掘り起こし、企業の価値観を再確認し、それを次の世代につなぐ。それが、私たちが考える社史の本質です。
変化の激しい時代だからこそ、創業の精神や歴代の想いに立ち返る意義はますます大きくなっています。
社史は、経営の“軸”を育むための大切なツールといえるでしょう。